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うちの菊佐野

以前書いた菊池(ぴろぴ)視点の駄文です。
単発で書いたもの二つ。

そのいち

目をひく美貌だった。
大理石のやうに硬質な表情が、白磁のやうに白い肌にひどく映えた。
まるで紅を掠めた薔薇の蕾はかたく門を閉じ、ベルベットの高貴な皺にも似た長い睫毛が、天下を脾睨するが如き眼を陰に隠してゐる。
辺りを見れば、私以外の者共も皆、彼の全てに心を囚われ奪われて、どうにも具合の悪い様子だった。
そして、私はその中で一等早く、一等深く、彼に服従してゐた。

下卑た表現を承知で述べるとすれば、此れは、所謂運命的な一目惚れである。
私は一目で、魂からの隷属を決意したのである。

さて、此の時、入学式の最中であったが故に、生徒は皆、氷の床の講堂で立ちん坊であった。勿論、いち生徒の彼もピンと万年筆の如き立ち姿である。
しかし、如何だらう、彼を立たせ続けるというのは、何よりいけない事では無いのかしらと私は思っていた。ソファにでも深く腰かけて、いかにも倦怠に長い脚を組み、その膝を肘をもって留め、唇に指を三本、家臣へ黙せと命ずる君主のやうに触れてゐるべき人に、他の群衆と同じポオズをとらせるなんて、大変な罪ではないのか。
教師は何をしてゐるのか。馬鹿か。常識を養え。

(ソファは深い橄欖色で、または、そして、きっと部屋は闇に沈んでゐる。床には無数の女が、否、酒の海かしら、いいえ、潰れた果物やも知れぬ、彼は其れを抱き、煽り、踏み潰して悦しむ、恐ろしいほどにエロティックで、セクシュアルで、それなのに、いや、だからこそ、とぼけた日常と乖離したノーブルを孕む...)

等、そんな事を考え昂ってゐれば、アッといふ間に式は終はった。
私にはその式が、自分の葬式のやうにも感じた。
生まれ直したかのやうに感じた。
彼が少し身動ぎする度―――睫毛が震え、髪が揺れ、唾液を嚥下する度―――に、私の旧い細胞は死に、新鮮で若く激しく、熱い感情が目蓋から迸るのを感じた。その感情が耳から脳味噌にまわり、私の心を彼で縛るのか。
私は彼に近づく算段を、短日月で計略を巡らす軍師のやうに、或いは、謀る罪人のやうに滑稽なまでに企てた。

最後に。
彼は名を、佐野といった。そして此の名は、私の最も愛する君主の名と成るのであった。





そのに

或日、君が窓辺で午睡しているのを見た。君の半身は暖かな陽に照らされているのに、反対側は陰に青く沈んでいた。太陽が、また雲が少し動く度陰はそれ以上に動くから君はすぐに、陰に溺れた。
僕は君の寝息が苦しげに変わることを心から願っていた。
口の端から泡を吹いて、目を見開いて、もがいてほしくて堪らなかった。
けれど、君は幸せそうに口を少し開いて、微睡みに身を任せ続けるのだから、
風が何処までも心地よく頬を撫ぜるものだから、
僕は不甲斐ないような、言語化の出来ないもの、きっとやるせなさと無力感に、むちゃくちゃにされる。そしてとても悲しくなる。落涙を決して許さない悲しさなのだ。
どうして君のことを考えるとこんなにも悲しくなるのだろうか。
どうして君の輪郭が、眩しいものであるのだろうか。
僕は君が 君は僕が好きだった。
僕は君が大好きだった。

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