ふたりきりスケッチ 二人きりスケッチ世界に二人ぼっちになりたいと思った。それは夏休みに入ってからよく見る夢のせいで、夢のなかで俺と緑間は最後の人類として地平線しかない世界に佇んでいるのだ。空が水色になり、黄色になり、群青になり、そしてまた水色になる。そんな世界で二人、何をするでもなくぼんやりと見つめあっているのだ。非科学的な、非現実的な。飯はどうするのだ、とか。道徳観や、倫理観とか。そもそも緑間はそれを望まないだろう、とか。もうバスケができないとか。そんなたわいもなくありがちな、だけど大切なものたちを捨てて、幸福を捨ててでも緑間と二人、将来だとか性別だとか下らないものに左右されない世界でのうのうと息をしたいのだ。そんな風に馬鹿げた夢を見続けて、七日目。目が覚めると、朝の九時だった。今日は平日。完璧に遅刻ルートである。あわてて着替えを済ませ鞄をひっつかみ、一階に降りるが家族はいない。両親は仕事で、妹は学校で既に家を出たのだろうか。食卓は綺麗なものだ。あわてて買い置きのプリンとゼリーを食わないよりはましだと掻き込み、家を出た。交差点でようやく気づいた。...すっからかんだ。いつもならひっきりなしに車が行き交う往来に車のひとつもないし、雀のひとつも電信にとまっていない。コンビニはシャッターが閉まっている。静まりかえっている。そういえば、食卓はまるで綺麗なものだった...。脳裏を過ぎるのは、あの夢のこと。...そんな、嘘だろ...律儀に信号をまもってなどいられない。気持ち悪いほど動かない足を無理やり走らせて、学校に、ついた。学校はなくなっていた。厳密にいうと、体育館と部室以外。さっぱりなくなっていた。ひどい白昼夢だ。そして、校門があったであろうところに、緑間真太郎が座り込んでいた。「...し、んちゃ」「高尾...」緑間の背中はやけに小さく見えた。俺はなにも言えずに、ただ立ちつくした。そのうち雨が降ってきた。「...真ちゃん、入ろ...風邪ひいちゃう」「...」「...風邪、ひいちゃうって...」緑間は下を向いて、小さな嗚咽を漏らすばかりだった。とりあえずこのままだと本当に風邪をひいてしまう、と無理矢理に体育館へ引っ張る。何故か体育館は開いていた。鞄から大きめのタオルをとりだし、緑間に被せ、背中をゆっくりと擦った。そのうち嗚咽が止んできたので、お茶を差し出す。緑間は震える手で受け取りながらおどおどと俺の顔を見た。「...」「高尾...?」「...ん?」「...どうして、」「...何」「どうして笑えるのだよ...?」だって、やっと二人きりだから、さぁ...緑間は、ひ、と喉を鳴らした。 [0回]PR