そのいち中身のないの アパートの二階へと登る階段の、下から三段目に腰掛けてぼんやりと空を眺めていた。辺りは大分薄暗くて、田舎だということをなんとなく意識させる。(街灯などない田舎だというのに何故真っ暗闇になっていないかというと、星屑の光が異様に強いからだ。)首が痛くなったので俯いて右左前後ろ一回転もう一回転したらまた、なんとなく空を見上げた。げこげこ、げろげろげっげろげろげっアパートの目の前は小さな田んぼが一つある。そのまた手前には、蛙の死体が一体あった。車に轢かれたのだろう。かろうじて蛙だと解った。もう死んでいる。肌にまとわり付く湿気にむらむらする。頭はぴしぴしするし。ああもうすぐに夏が来ちゃう、なんて考える。どっか旅行行こうかな。時間、有り余るもんな。夏、暑い中で必死になってこなした練習メニューが脳内に反復される。それがなんか恥ずかしくて、階段の手摺に指を絡ませて遊んでいたら焼けた指は真っ白に汚れた。Tシャツで拭く。今度はTシャツが汚れた。どれだけボールを追いかけまくっても全然汚れなかった頑丈なTシャツがすごい簡単に汚れた。悲しい気がした。俺は今日生き甲斐を捨てた。中学三年間、高校三年間。しめて六年間の心の支えで最大の友みたいな、大事な、やつ。俺は今日でバスケをやめた。高校を卒業して、ずっと悩んでたけど。うん。一ヶ月も悩んでたけど。やめた。思い出すと目頭が痛くなるし、もうあの頃に戻れないなんて考えると泣きそうになるし、まだ人生は長いんだと思うと死にたくなる。なんでバスケやめることにしたの、って今日後輩に聞かれた。たしかに俺はそれなり以上にはできる方だし、この質問は当然だと思った。俺は、こう答えた。もう井戸水が枯れちゃったから。ああ、訳がわからない。(恥ずかし!俺恥ずかし!!痛い!!!ブレイン大丈夫!?)俺のワケわからん痛々しい発言に後輩はポカーンとしていた。(まあ、当然だ。)でも。俺はそれ以外の表現が出来なかった。燃え尽きた、なんて素敵なもんじゃない。未だに未練タラタラだ。女々しい。思い返すとすごく、過去に戻りたくなる。ああ、そうだな。戻りたいな。戻れたら、お前には終りがあるんだなんて当然なことを教えてやるんだ。好きになる奴とか株の相場とかそんなどうでも良いことは何にも、教えてやらないけど。当たり前のことだけど、忘れちゃうぐらい好きになっちゃってたから。なっちゃったから。教えてやるんだ。それだけは。たったそれだけは。たったそれだけは。目の前が黒く塗りつぶされて、何だよ、と顔をあげるとルームメイトの港先輩だった。(港先輩は留年していて、俺の2つ上。)アルバイト先の酒屋さんでもらったのであろう、ワインを両手に一本ずつ下げていた。「おつかれっス」「おう。ちっと付き合えや」「俺未成ね「関係ねぇ」かたっぽをぎゅむ、と押し付けられた。港先輩は俺をほっぽって早くも階段に足を、コルクに指を掛けている。いやあ仕方ないなあだって先輩だぜ年長者だぜ断るのも悪いしそもそも言うこと聞くっつーのが体育会系運動部ルールの暗黙の根底だよなあいや本当はやなんだよでもねほら大人だからね柔軟な思考をね?苦笑しながら、港先輩に続く。ああ、だからもう、井戸水は飲めないんだ。 [0回]PR