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イメージは踊り場ホテル的なはなし

私は幼い時からよく手紙を書きました。
私の家のポストに毎日毎日欠かさず、手紙が入っていたからです。
誰とも知らない人からの手紙はある時は無骨な茶封筒、ある時は華やかな模様の和紙またある時は凝った作りのメッセージカード一枚というまるで大した共通はないように思えるものでしたが、しかしいつも必ず、私宛の手紙は『愛するチコリへ』と締めくくられその真下は差出人の名のかわりにチコリの押し花で飾られていました。
差出人の住所は書いてあっても差出人の名前はない。
なんとも不思議な手紙でした。
私は取り敢えずその人を、なんの捻りもありませんが"手紙の人"と呼ぶことにします。

毎晩、手紙の人への返事を丁寧にしたためその日頂いた手紙を大事に箱にしまいながら手紙の人がどんな人なのかを想像する。
それが私の日課でした。
落ち込んだとき、嬉しいとき、悲しいとき、楽しいとき。何時だって手紙の人は、私と一緒に居てくれました。
朝になればパジャマの上に上着を一枚羽織り、サンダルをひっかけてポストのところへ飛んでいき、ポストマンからその日の手紙を受け取って昨日の返事を託しました。
毎日お返事を出してはいるのですが一度として、『お返事読みました』とか、『お返事はまだですか』とかいった内容の手紙は頂かず、本当に手紙の人へ届いているのかとよく不安になりました。

ある時、私は八日間もの休暇を貰いました。
八日間。一体何をしろと。
寝て潰すのは惜しい。と考えてふと、そうだ!あの宛先に行ってみよう!!と思い立ちました。


そこは列車で五時間、更に乗り換えて三時間行ったところにある、小さな街でした。
都会の萎びた喧騒とは違い、耳に心地いい雛びた、しかし新鮮な喧騒が聴こえてきます。
自然が豊かで、花の蕾が開く匂いのする、モーゲンという街でした。

列車を降りると、すぐ側に人がごった返す賑やかな市場を発見しましたので、お土産に林檎を幾つか購入した後、肌の良く焼けた店主に、道をたずねました。
気の良い店主は少しぱちぱちと瞬きした後、とても詳しい、幼い頃からこの街で育ち、この街を熟知しているのであろうというのが伺える地図を書いてくれました。
狭い坂を登り、ぜーはーと言いながら前を見ましたが、そこにはなんの建物も見当たりませんでした。

ただ、色の抜けかかった赤茶であろうレンガが少しだけなにかの遺跡のように残っていました。


私は唖然としましたが、すぐに通りすがった青年を捕まえてここになにか建物がなかったかと食うような勢いで聞きました。青年は驚きつつも、ここには古いホテルが有ったのだと答えてくれました。
「ホテル?」「ああ。もう大分古がったがら。25年前かな。潰しぢまっだよ」
25年前。
私は今、25歳。
「ほ、他に何か無いですか!なんでも、一寸したことでも!」「う、ぅぅ~ん、........あっ、そうそう!確か変な伝説があったべ!!」
「伝説?」
「あぁ。なんでも、ここには別嬪のお嬢さんがいたっちゅー伝説がな。いなかったみてーだげど」
「お嬢さん?」再び問い返します。
「んだ。えっと、チコリ、っちゅー名前やったっけな」
珍しい名前だべ?
青年は微笑みました。
私はひぃひぃ呼吸をして、微笑みをなんとか作ってから、青年へお礼にと林檎を全て渡しました。

もう一度古びたレンガを見ると、レンガの隙間と隙間からチコリの花が一粒、顔をのぞかせていました。



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